あ、かっわいい。突然男が顔を覗き込んできて、そう声をかけられた良子は思わずたじろいだ。え、という低い声が出た。その男は頭が悪そうであり、服のセンスなどは良子のタイプでは無かったが、顔が半年前に別れた一樹に似ていた。良子はすぐに人違いだと気づいた。そしてせっかくだから久しぶりにこの顔の男とやろうと考えた。だがそうするとさっきの「え」はよくなかったと思った。自分がもう2、3歳若ければすぐさま猫なで声できゃーきゃー言えたのにと思った。良子の低い、拒絶の反応を見ても男は気にせず口説こうとする。その口説き文句が終わるのを待っていると、良子は唐突に周りの視線が気になった。良子にはその視線が「困ってる振りなんかして」「かわいい顔してよくやる」などと言っているように聞こえた。一瞬の嬉しさ、やるだけやっちまおう、という考えに迷いが生まれた。あの、これから用事がありますので。良子は拒否した。ええ〜そんな〜、じゃあ連絡先教えて、連絡先、あとで電話するからサ。男は携帯を取り出す。どうするか、連絡先だけでも教えるか、それとも今回はやめるか、今は彼氏もいるし、バレても面倒だ、だが…。良子は男の顔を上目遣いでジッと見た。笑顔が一樹とそっくりだと思った。良子は携帯を取り出した。アドレスを交換すると、男はじゃあまた連絡するよと言って離れた。
電話にさえ出なければ相手も諦める。出れば会える。こちらからも連絡がつく。都合がいい相手だ。連休最後の日に、一人アパートメントでいる。良子は頬杖をついて一樹のことを思い出す。外が暗くなってくる。良子は立ち上がり、ちょっと前まではこの時間でも明るかったのにと思いながらカーテンを閉める。そして昼の男に電話をかけた。